子供の気持ちを忘れた大人達へ子供の気持を知る為の作業

育児が永遠に終わらないように感じているママへ

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申し訳ありませんが

しばらくお待ちください 8/24 烏星未烏

 

 

わたしだけだでしょうか。

母親という響きに、偉大で温かくて何ものにも替え難いような、絶対的な存在感を抱いているのは。

そんな存在になりたいと強く願っていたわたしは、時が経ち子を産み母になりました。  

 

わたしが抱き憧れた母親像

 

母と子』という言葉を聞いた時、あなたはどんな情景を思い浮かべどんなイメージを持ちますか?

わたしにとっての母と子、わたしはその言葉に  “そこに誰かが立ち入ることなど許されない聖域のような物"  を物心ついた頃から抱いていました。

これは決して父親の存在を軽んじているとか、母親の方が重要だという事ではなく、あくまでも家族ではなく単位を母と子に限定して考える時のわたしの個人的なイメージです。

わたし自身父との思い出もあるし、余裕があればいずれ父と子についても書きたいけれど、今は母と子に限定して書います。

 

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今も昔も親子をテーマにした歌は世の中に多数あります。そして今まで見聞きした曲は、どれも心を揺さぶられるものばかりでした。

そんな中わたしは親目線よりも、大人に成長した子供目線の歌に、より心が惹かれました。

それは自分の中で理想とする母親像を勝手に創り上げ成長した子が母であるわたしを表す時こうであったらいいなという方向から見た、なんとも勝手な思いからです。。

わたしにとっての母親という存在の重さはとても大きく、わたしが子供の頃から今に至るまで自身の母に抱いているような感情を、我が子達が母である私に抱くこと。

わたしにとってこれは最も避けたい未来の姿でした。

そんなわたしが初めて聴いた時、胸を締め付けられキュッとなるような、心の核心を突かれたと感じた歌があります。

 

アンマー/かりゆし58の

 

アナタの背に負われながら 眺めた八重瀬岳の夕陽は

 

という歌詞の一です。 

これはわたしが長年  “母親”  という言葉、存在に抱いていたイメージそのものを表していました。 

もちろん沖縄出身ではないわたしにとって、残念ながら八重瀬岳は何の思い出もないのだけど、 わたしが感情を揺さぶられたのは、この歌詞の作者が母の背中におぶわれて見た景色を覚えていることが歌詞から読み取れる部分でした。

 

わたしはこの歌詞の背負われた子供、そしてその記憶を持ち大人になり、後に母を思う詩を書いたこの詩の作者を、心底羨ましく思いました。

きっとわたしも母におぶわれていたのだろうと思うのです。でもわたしにその記憶はありません。

これだけ昔の記憶を持っているわたしが心熱く憧れる母子のおんぶの情景を覚えていない、そして十分に愛されなかったと感じていることは、母からすれば不本意なのかも知れないなと思います。

 

私にとって『背に負われた』に相当する事はどんな事だろうかと、過去を振り返ります。

そうすると様々な母親の表情、一緒に出掛けた場所、幼い日の自分の思い、それらが次々と現れ、自分にとって選ぶべき適切な場面がどうしても出てこないのです。

大人になるまで育ててもらったにも関わらず、こんな恩知らずな発言ばかりしていることに、いくらかの罪悪感を感じない訳でもないのですが、やはり私の心の中の正直なところは、母は私が思い描く母親像とはかけ離れていたということです。

 

おんぶへの憧れ

 

長年『母親』と『おんぶ』という言葉を結びつけていたわたしは、子供達が産まれてから本当にたくさんおんぶをすることができました

育児だけではなく日々の家事もこなさなければならない母親にとって、おんぶはとても便利なものです。少しの時間母親と離れるだけで不安になる月齢の子供は、母の背中にいるだけで安心し、大抵は大人しくしてくれます。

とにかく私にベッタリで側にいないとすぐ泣き出した長女が赤ちゃんの時は、家で過ごす時間のかなりの時間、おんぶをして過ごしました(当時の気持ちとしては乗り切っていたというのが正解です)。

その時は少しの時間も子供と離れることができなくて、当然自分の時間もない中「この状態があとどれだけ続くんだろう」と考えると、子供の成長する将来が途方もない遠い未来に思え、その日一日をやっとこなして乗り越える、という感じでした。

強いておんぶのデメリットを挙げるなら、ずっとおんぶをしているとその内に肩がガチガチに痛くなること、夏はとんでもなく暑いという二点くらいで、初めての育児で心が折れそうになるわたしを助けてくれたアイテムでした。

最近は外でおんぶされている赤ちゃんを見ることはあまりないように感じますが、16年前当時であってもどちらかといえば珍しい方だったと思います。

わたしはもちろんベビーカーも使ったのですが、ただ “我が子をおんぶしたい” その憧れで、おんぶを多用しました。今となっては信じられませんが、ヒールを履いて子供をおんぶし親戚に叱られた事もあります。

ただやはり憧れ続けたおんぶを経験できたこと、それはわたしにとって本当に幸せな時間だったと今感じています。

今どれだけ大変でも子供はすぐ大きくなる

ある程度子供が大きくなりおんぶ紐を使わない年になっても、娘がせがんだり歩き疲れた時は、しゃがんで手を後ろに回し、おんぶをしました。

その重さはとても愛おしく、今ではわたしよりも大きくなった子供達をもう二度とあの頃のようにおんぶすることが叶わない現実には、ほんのりとした寂しさを感じます。

恐らく子供達はおんぶに対して何の感慨も抱いていないのですが、私にとってあの頃に経験できた育児は宝物で、時が経てばあの大変だった当時の育児をもう一度経験したいと願う程に懐かしく思うものになっています。

子供が産まれると今までの生活ペースが崩れ、一気に子供中心になり、そのことに強いストレスを感じたり、もう自分のことはなにもできなくなったと思う人もいるようです。

ですが子供はすぐ大きくなってしまします。

赤ちゃんの時期は今だけ。2歳も今だけ。人生で一度きりのその貴重な場面を一番近くで見守れるのは、とても幸せなことなんだということを知ってほしいなと思います。

今あと追いされてうんざりしても、すぐダッコという子供にゲンナリしても、それは今だけで、あとはどんなに望んでも追いかけてはくれないし、ダッコなんて絶対にできません。しようとしたら全力で拒否されてしまします。

手のかかる大変さが終わったあとは、また悩みの種類が変わりますが、子供の世話という意味での拘束時間はどんどん減っていきます。

だから昔のわたしのように、いつ終わるとも分からない夜泣きや一日中泣き続ける子に疲れてしまっても、今だけだからね。それを伝えたいのです。

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