子供の気持ちを忘れた大人達へ子供の気持を知る為の作業

2歳児が何をどこまで考えるか知って欲しい

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何かの機会に2歳からの記憶があると言うと、人に驚かれる事がある。

頭の中に膨大な子供時代の記憶を抱え、事あるごとにそれを引っ張り出してあれこれ考える自分を鬱陶しく思う事は何度もあった。

だが大人になり母になった今、幼少期の詳細な記憶を多く持っている事は、子供の気持ちを想像する手助けになったと思える事は確かだ。

もちろん子供達は私とは別人格であり、私と同じように感じ私が子供の頃望んだ事を同じように望む訳ではないのだが、子供達と接する上で私は頻繁に自身の子供時代を振り返った

そして自分はこんな時どう思ったかを参考に、この子はどう思うだろうかと考え、できるだけ子供が望む対応の仕方をしたいと心がけてきた。また子供の要求が正しい事ではないと感じる時は、言葉遣いに特に気を付け子供の心を傷つける事がないよう意識してきた。

とは言ってもやはり毎回その通りにできる訳ではなく、時には子供とぶつかったり一気に怒りが爆発して激怒する。

そして怒りから冷めない私はまた頭の片隅に幼少期の記憶が蘇り、分かっているはずの子供の気持ちを無視していたと気が付き反省するのだ。

そんな事を何度も繰り返しながら、何とか今日までやって来たと思う。

 

今回書く話はされて嫌だった事などではないのだが、とても印象に残っている事だ。

こんな場面で2歳児がどんな事をどこまで考え、どんな行動を取ったのかを読んでいただければと思う。

 

 

 

父との留守番で2歳児が取った行動

 

家族三人住んでいたアパートは、ドアを開けるとすぐ左手にキッチン右手にはトイレがあった。トイレはもちろん、和式のぼっとん便所だ。

トイレの側にはお風呂がある筈だが、印象深い思い出がなかったのか、お風呂の記憶は一切ない。

キッチンを抜けるとリビング(当時は茶の間の呼んだ)として使っていた和室があり、続く右手の和室は寝室として使われていた。恐らく当時一般的だった6畳二間続きだったのではと思う。

 

ある日父が仕事中の事故で足を骨折した。どちらかの足にギプスをして寝っ転がっていた光景を覚えている。 

骨折した事で仕事に行けない父は、二ヶ月間(期間は後に聞いた)家で療養していた。

 

普段は仕事に行っている父が一日中家にいるそんなある日、母は一人でスーパーへ買い物に出掛けた。いつもは私も三輪車で一緒に出かける徒歩5分のスーパーだ。

 もちろん母は出掛ける際『子供(私)を見ていてね』と父に言って家を出た。

父は快く了承するのだが、これは今でも父の変わらない所で、父の  ”見ている”  は、ただ  “いるだけ“  なのだ。

 父は寝転んだままテレビを観ていたのだが、しばらくすると眠ってしまった。

 暇な私が『パパ〜』と呼んで起こそうとした記憶が確かにある。

 でも父は起きなかったのだろう。

 

 

 

三輪車で母を探しにスーパーに行く

 

起きなかったのだろう。

というのも私の次の記憶が、母が行ったスーパーの向かいの道路の歩道上で三輪車をどうしようか…と判断に困る所まで飛ぶからだ。

 スーパーは食料品の他に衣料品も扱っている、今で言うショッピングモールに近い感覚の当時としては大きなスーパーだった。

 そのスーパーの道路を挟んで向かい側の歩道で私は悩んでいた。

ここまでたいして車も通らない道をキコキコして初めて一人でスーパーの目前まで来たはいいが、ここに来て車道を横断しなければならないという問題に直面した。2歳児にとって車道を一人で横断する事はただでさえ恐ろしい。その上三輪車でキコキコ渡っていたら車に轢かれてしまうのではないかと心配した。

大切な三輪車である。こんな場所に放置したら盗まれてしまうかも知れない。

どうしようかとしばらくその場に佇み、悩んでいた。

 

 

 

2歳児が考えた三輪車を盗まれないための方法

 

しばらく経ち一人なら何とか渡れそうなだと判断した私は、三輪車を歩道に置いて車道を渡る事に決める。

しかしここから私はまた悩む。

『三輪車は今だけここに置いているんですよ。すぐ戻って来ますからだれも三輪車を持っていかないで下さいね。』という事をなんとか周囲に伝えたかったのだ。

持ち主がいると分かってもらうには、どの場所にどんな風に置いたらいいか、とても考えたのだ。

 

メモを書く物などのアイテムも一切ない状況で、大人なら三輪車を盗まれない為にどんな行動をするだろうか?

しばらく考えた私は、三輪車を歩道のど真ん中に横倒しにし、どう見ても三輪車の姿としては不自然な形に置いた。

精一杯の『捨てたんじゃないよ。使っている途中ですよ〜』というアピールだ。

そして私は車道を横断し、何度も三輪車を振り返りながらスーパーに行った。 

 

 

 

苦労の末会えた母に、どれだけ大変だったか聞いて欲しい

 

やっとの思いでスーパーまで辿り着いた私だったが、今度はその中で母を見つける事が出来ず、今度は迷子になってしまった。

 こんな苦労をした結果母に会えないなんて、報われない話だ。

その内私は泣きながら母を求め店内を徘徊し、そんな中迷子になった私に気付いた親切な知らないおじさんが私を抱き一緒に母を探してくれた所、やっとこレジの前で母を見つけた。

 

 その時の安堵感…私は頻繁に迷子になる子供だったのでその後何度も味わうのだが、この世が終わるかのような恐怖から一気に救われる安心感は例えようがない程だった。

 お決まりの安堵の号泣が落ち着いた後は、ここまで一人でどれだけの冒険してきたか、母に聞いて欲しかった

 

パパが寝ていて起きてくれなかった事、三輪車を盗まれないように工夫した事、迷子になって怖かった事、一人でスーパーまで来たんだよ!大変だったんだよ!

 色んな思いが次々に湧き上がり、母に対して機関銃のように捲し立てた。

母は穏やかに優しく私の話を聞いてくれ、私の欲求は満たされた

盗まれないかと散々心配した三輪車は、私が考えた挙句置いた横倒しのまま、そのままの形で、元の場所にあった。道行く人には邪魔だった事だろう。

もし今の私がこの姿の三輪車に遭遇したら、あらあら…と三輪車を起こし道の端に寄せるかも知れない。

当時の私は自分が置いたままの状態で三輪車を見つけた事で、盗まれない為の自分の策が成功した事に満足した。

 

 

 

小さくても一人の人間。そして子供の安全の為に

 

大人は 『どうせ小さい頃の事なんてたいして記憶に残らないから』などと考えがちだが、

そうとは限らない。

2歳後半で、これだけたくさんの事を考え、そして成長しても覚えている子は覚えているものだ。

もし後に2〜3歳の頃の記憶を失くしてしまったとしても、その時の子供というのは、大人が想像する以上にとてもたくさんの事を考えているのではないかと思う。

幼くてもちゃんと一人の人間として、子供の気持ちを尊重する事の大切さを感じている。

 

た、ちょっと便乗する形で書くが、この時私に声をかけてくれたおじさんがいたが、親切な人とそうでない人の区別は大人にとっても判断に迷う部分があると思う。

今も昔も子供の誘拐、行方不明事件・事故が起こるが、この時一緒に母を探してくれたおじさんがいい人だっかたら私は無事だったのかも知れないと思う事もある。

泣いている自分を抱っこしてくれた人が悪い人かも知れないと疑う気持ちは、この時の私にはなかった。

できるだけ子供を一人にせず、迷子にならないよう目を配れるのは子供の保護者だけだ。

今回私の父が眠ってしまい、私が一人で出掛けてしまった事に気付かなかったような、後から『防げたのに』と後悔するような形で起こる事件事故は本当に悲しい。

この時の自分と少し似た出来事が長女が2歳の時に私の不注意で起きたのだが、その時の私は『子供を失った』と本気で思った。この時の話もいつか書きたい。

ちなみにスーパーからの帰宅後だが、父は起きていた。そして私がいない事を特に心配する事なく呑気にテレビを観ていた父を、母はとても怒っていた。

私は、母が父を怒ってくれた事がとても嬉しかったのを覚えている。