子供の気持ちを忘れた大人達へ子供の気持を知る為の作業

『閉じ込める』というお仕置きをされた2歳の子供が感じた事

子供が悪い事をした時、また親の意に沿わない事をした時、どういった方法で子供を躾け、悪い事をした事の反省を促すのかは、各家庭の親のやり方・考え方がある。

その中に昔から比較的一般的にあるのが、子供を“どこかに閉じ込める”  というものだ。

昔の話としてよく耳にしたのが 、それ以外だと物置押し入れなど、実際にそこに閉じ込められた経験がある大人も多いのではないかと思う。

そしてその事を特に恨みを持たず大人になり、そのおかげで正しく成長できたと肯定的に捉える人もいれば、そう思う事が出来ない人もいる。私は後者の方だった。

2歳の時にどんな理由で閉じ込められ、何を思ったか書こうと思う。

 

 

幼少期、市販のお菓子を口にする事はなかった

 

私の母は私が小学校の途中頃まで、家庭で使う食材に強いこだわりを持っていた。

母は基本的に市販のお菓子を排除し、周りの子供達が食べている様なお菓子を私が食べたがると、手作りした事もある。それは到底私が食べてみたかったお菓子とは全く別の物なのだが、それに不満を言う事を母は許さなかった。

時々他所からの頂き物などがあっても、極力私の口に入る事がないよう母により管理されていた。

その為私は家では決して食べることができない、市販のお菓子やパン、ケーキや甘いジュース、例えば飲み物なら特に『ミロ』と『カルピス』に長年憧れを持っていた。

 

そんな私が2歳当時、まだアパートに住んでいた頃のおやつに母がよく選んだのが、レーズンそしてバナナだ。このバナナ、未だに私が過去を思い出すきっかけにもなっている

 

お菓子を食べてみたい気持ちを我慢できない

 

アパートの2階に住んでいた事は既に書いたが、ある日1階の空き部屋に夫婦が引っ越してきた。夫婦の奥さんは妊婦さんで、ふんわりとした柔らかい雰囲気の人だった。

顔は覚えていないのだが、子供ながらにその妊婦さんをかわいいなと思った記憶がある。

アパートの隣は公園だったのだが、そこで遊んでいる私を見かけた妊婦さんは、以後時々話しかけてくれるようになる。

ある日いつものように妊婦さんは私に何かを話かけ、そして部屋に招き入れお菓子を出してくれた。普段口にすることがないような、私が憧れるお菓子だ。

 

もう嬉しくて嬉しくて、でも母がそんなお菓子を許すはずない事を知っている私は、お菓子を目の前にして一瞬固まった。

食べてみたくて仕方ないのだ。母に叱られるかも知れないそう思い一瞬躊躇するも、幼い私は食べたい気持ちが勝り、とてもじゃないがお菓子を断る事はできなかった。

 

 

ビクビクしながら影に隠れて食べたお菓子

 

その後も妊婦さんは私を見かけると、お菓子をくれる事が度々あった。

そのどれもが初めて口にする味でとてもおいしいのに、心の中に母へのやましい気持ちがある為、心からお菓子を楽しめないのだ。

いつ母が外に出てくるかビクビクし、影の方で慌てて食べた後は口の周りにお菓子を食べた証拠が残っていないかまで心配した。

お菓子について私は母に言えずにいた。

 

母親に対して隠し事をしているという事は、2歳にとっては不安でしかない。

小さな子供というのは『分かる訳ないじゃん』などと開き直ることができず、いつバレるか…母は全て知っているんじゃないか…知られたらどれだけ怒られるか…

 そんな思いでお菓子をもらう度に不安は増し、お菓子を食べて家に帰った日は明らかに元気がなかったはずだ。

 

 

ついに母知られた日、怒り狂った母にタンスに閉じ込められる

 

この日妊婦さんにもらった物ははっきり覚えている。ゼリーだった。

ゼリーをご馳走になった私は真上の自宅に帰り、おやつを食べていない振りをして今度は母からおやつとして出されたバナナを食べていた。

 そうしていると、どこでどう知ったのか母が怒り狂い、私の腕を掴み寝室として使っていた和室に引きずって行った。

そして母の嫁入り道具である、大きな衣装ダンスに私を押し込み、ガッチャンと扉を閉めたのだ。

 あまりにも突然の出来事に私はパニックになった。開けようとしても、昔ながらのしっかりと押し込む扉を子供の力で開く事はできない。

 しばらく扉を押したり叩いたり、バナナを詰めたままの口で叫んだりしたが、やがて自分の力ではどうすることもできない状況を理解して諦め、真っ暗なタンスの中、片手にバナナを握りしめたまま私は泣いた。

このタンスには何度か閉じ込められたのだが、これだけ鮮明に覚えているのはこの一度きりだ。

 

閉じ込められた2歳の子供が泣いた理由

 

衣装ダンスの中は真っ暗で、もちろんそれが怖かった記憶はある。

でも私が泣いた一番の理由は、怖かったからではない。

恐らく怖かっただけならここまで記憶に残り今まで何度も思い出す事はなかっただろうし、こんな記事を書かなかったかも知れない。

貰ったお菓子を食べた、たったそれだけなのに、どうして母はこんな小さい自分にこんな事ができるのか悲しく、こんな事をされた自分がかわいそうで私は泣いた。

 

 2歳くらいになると何かを見て怖いと思ったり、かわいそうだと感じたりする。

 

口にはまだバナナが詰まったまま、そして手に握られた残りのバナナ。

その事がより自分を不憫に思わせた。

もちろん不憫という言葉はその時の感情を今の私が表したものだが、当時2歳の私は 『暗闇に閉じ込められた自分』をどこか客観的に見ていて、その子供がかわいそうで泣いた。 

 

幼い子供を閉じ込める躾〈 親と子の感じ方の違い

 

後に子を産んだ私が  “あの時の自分”  と同じ年になった娘を見た時『なぜ母は自分の娘にあんな事ができたのか』と何度も考えた。

 あの時閉じ込められた子がこの子だったら…そんな事が頭をよぎると胸が苦しくなった。

 またバナナを食べる時はあの日の幼い自分を思い出し、何度も何度も胸が痛んだ。

 

躾けにおいて子供を閉じ込める方法に、効果があった、子供が言う事を聞くようになり良い方に働いた、と感じる親もいるだろう。

ただ子供の立場から言わせていただくと、その中にはもしかしたら、大人にとって良い方向であって、子供にとっては恐怖だけの場合もあるのだと知って欲しい。

ただ怖かったというだけではなく、大人がなかなか思いつかないであろう私が感じたような感情を抱く子もいる。

その子の性格・性質に合った叱り方躾け方が必要だと思っているが、子供を閉じ込める事がどれだけその子の心に影響を与えるかを、2歳程の小ささで判断する事は親であっても難しいはずだ。

私のように感受性の強い子供には、この方法は合っていないと私は考える。

その後小学生になった後から高校生の途中まで、母は新たなおしおき方を導入した。

そこまで悪い子だったつもりはないし、母は怒る時いつも感情的だった。

母なりの信念があり、その意に沿わない時はすぐ発動したそれを、母は『これは愛だ』と私に言ったが、あの行為に愛を感じた事は一度たりともない。

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