子供の気持ちを忘れた大人達へ子供の気持を知る為の作業

子供が昼寝中の外出 2歳児が目を覚ました時

 

 

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頼る大人が母親しかいない幼少期わずかな時間一人にされる、この是非については度々起こる子供の放置事件がある事から何歳から留守番をさせるか、どの位の時間なら許されるのか様々な考え方があると思う。

育児中なかなか自分の時間が取れない中、子連れで少しの用事を済ませる為の準備の大変さから多くの母親が『子供が昼寝をしているほんの5分、10分程度ちょっとだけ…用事を済ませたいな、少しくらいいいかな』という迷いが生じた経験があるのではないかと思う。

私は2歳以前の記憶はないのだがアパート時代、何度か留守番の経験がある。

母にとっては子供が寝ている少しの間買い物に行っただけ、という認識だっただろう。

目が覚めたら母がいない。

その時の2歳の子供の心と行動、そして帰ってきた母は泣いている私に何と言ったのだろうか?

 

 

 

目覚めたら母がいない、その時2歳児の心理と行動

 

ある日、昼寝から目が覚めたら母親がいなかった。これは2歳の私にとって恐怖でしかなかった。

ある程度成長すれば、同じ状況が起きた時、心細さを感じる事はあっても『すぐ帰ってくるだろう…』と考える待つ事ができる。

だが2歳児にはそれができない。

母親が目の前から消えるのは 守ってくれる人が誰もいない知らない世界に自分一人放り出されたような恐怖だ。

 大人でいうこの世の終わりだ。大人から見れば、そんな大袈裟なと思うかも知れないが、子供の気持ちを知って欲しい。

 

母親が家の中にいない事を認識した子供はまず大声で母親を呼び探す。

この時点ではまだ、泣いてはいない。

だが狭いアパート、確認はすぐ終わり母がいない事を理解すると同時に、胸がドキンッとなり2歳児の世界は一瞬にしてその色が変わる。

この時になり私は一気に涙が溢れ、ここに母がいない事は明らかなのに『マーマー!!マーマー!』とあらん限りの声を上げ泣き叫んだ。

家の中にいないとなると今度は外だ。外に母がいるかも知れないと思った私はアパートの部屋のドアを開け二階の通路に出た。

 通路には鉄の柵があり、泣きながら柵にしがみ付いてそこから見える道路に母がいないか、必死に探した。

 

ちなみにこの時↓は母がいなくてもパニックにならなかったが、それは骨折休養中の父が家にいたし母が近くのスーパーに行った事を知っていたからだ。

そして家に父がいる安心感から、一人で家を出てキコキコ三輪車の冒険が出来たのだと思う。

 

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それが今度は知らない間に母がいなくなっている。そして母がいつ帰って来るのか、もはや帰って来るのかすらも分からない。

本当は母を探しに外に行きたかったのだが『自分がこの場(アパート)から離れ母を探しに出ればもう二度と母に会えなくなるのではないか』そう思った私は鉄柵にしがみ付いたまま、その場から動くことはできなかった。

大人からしたら、恐らく本当に10〜15分程度の時間が、子供には永久に続く恐怖の時間に感じた。

外に出た私は、ひたすら鉄柵に顔を押し付け、道路の一点を凝視していた。(前後は不明だがこの鉄柵に頭がはまり、大勢の近所の方々に助けられた事がある)

母が出掛けたとして、帰って来るならその道しかないからだ。

 

その時にはもう泣いてはいなかった。

玄関の外に公園の砂場で使う小さなバケツが置いてあったのだが、その上に座り今か今かと母の帰りを待った。

時々人が通るのだが、それが母ではない事にガッカリし、次に通る人が母である事を祈った。

 ひたすら母を待ち望んだ。

2歳児にとって母が帰って来るかどうか、というのは文字通り生きるか死ぬかに相当する。

この不安な時間は本当に長く、そしてこの上なく心細い時間だった。

 

 

母が帰って来た時、子供が満たされた母の言葉

 

どれくらいの時間が経ったのか、子供には全く見当もつかないのだが、ついに待ち焦がれた母が帰って来る瞬間が訪れた。

見つめた視界の先に、母が小さく現れたのだ!

 その時の気持ちはもう… 三輪車で母をスーパーまで探しに行った時と同じように天国から地獄、いや、それ以上の安堵だったように思う。

 

母は青っぽい紫色っぽい服を着て当時ロングだった髪を大きく左右に揺らし走っていた。

 

2歳児にとってはこれ以上の幸せはない程の感情に、再び泣く準備を始める。

母がアパートの鉄骨階段を昇って目の前に現れる前に、私はもうすでに号泣していた。

私を見て驚く母に、私は泣きながら精一杯の抗議をした 。

どうして黙って置いて行ったのか、どれだけ寂しかったか、もう会えないかと思った、ママは帰って来ないんじゃないかと思った。そんな事を口々に訴えた。

母は、ごめんねと私に謝りそして優しい顔をして『そんなに心配したの?バカね、あなたを置いて出て行くわけがないでしょう?』と言った。

あなたを置いて出て行くわけがないでしょう?

不満が完全に消えた訳ではなかったが、この言葉と母の表情に私は安心し、そして気持ちが満たされた。

後から聞くと、この時母が留守にしていた時間はほんの10分程度とのことだった。

そんなはずはない、もっとずっと長かった。そう思ったのだが2歳児の時間の感覚、それも恐怖の時間は大人が感じるものとは全く異なるのだと思う

 

 

子供を一人にしないで!子供を守る為に…

 

今この記事を書く中で子供にとっての母の存在の大きさを改めて思い知る 。

もちろん少しの時間の留守番を我慢できる子や案外平気で過ごす子もいるだろう。

その一方、ほんの少し母親と離れるだけでとてつもない不安と恐怖を味わう子供もいる事は確かだ。

どこまで大丈夫か、それは子供の性格や特性、普段の環境にもよるかも知れないし、どうにもならない家庭の事情もある事だろう。

 それでも親がいない時間に家庭内での事故が起きる危険は常にあり、兄弟で留守番をしている間の火遊びによる火災も度々報道されてきている。また子供が一人の時間に感じる恐怖を考えたら、例え僅かな時間であったとしても、決して子供を一人にしないで欲しいと私は思う。

私が精神を病むほどの衝撃を受けた

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この記事の中で触れた事件、2歳の私が10分を何時間にも感じた恐怖の時間を、その子供達は何日間も過ごしたのだ。

そして待ち焦がれたであろう母はついに帰らず、最終的には飢え衰弱死した幼子の気持ちは想像を絶するものだろうと思う。

 それを思うと今でも私の心は痛み、そんな思いをする子供が一人でも減る事り、二度と同じ様なニュースを見る事がないよう祈る。