子供の気持ちを忘れた大人達へ子供の気持を知る為の作業

先股脱の中1娘が小5でADHD・ASDと診断されるまで(中編)

現在中学校1年生の我が家の次女は、先天性股関節脱臼+ADHD+ASDです

その娘が小学校5年生で発達障害の診断を受けるまでの話になります

 

 この記事の中では

• ADHD診断に至るまでの過程

• 小学校1〜4年生時期の娘の目立った特徴

について書いていきます

 

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前編はこちら↓ 

 

 

小学校入学〜3年生までの特徴

幼稚園時に発達障害の疑いを持ち先生に相談するも否定され、再度別の先生に相談して「様子を見ましょう」と言われた私は、次女の小学校入学がとても心配でした。

学校生活をうまくやっていけるのかはもちろん、無事登下校できるのか?

学校が終わったらちゃんと家に帰ってくるか?ということも心配しました。

そして担任の先生に娘の事をよく知ってほしいと思い、入学してすぐ私は娘の特徴や気になることを長々と手紙に書き、先生に渡しました。

1年生:下校後の帰り道はかならず道草

心配しながら始まった小学校生活、登校は3つ年上の長女と一緒なのでそこまで不安はありません。問題は下校時です。

一緒に出かけてもいつの間にかひとりいなくなっているような娘だったので、学校が終わった後まっすぐ帰ってくるのか不安でした。

そして学校が始まってみると、やっぱり娘は他の子供達より帰宅する時間が遅いのです。

ある時私は下校の時間に合わせて通学路に隠れ、娘の様子を見ることにしました。

するとしばらくしてやってきた娘は、数歩歩いては立ちどまりしゃがみこみ、また歩いては草花で遊ぶ…というふうに一向に前に進まないのです。

気になることがあると確かめたいし、触りたいのです。これではなかなか帰ってこないはずだと納得しました。

これはADHDの衝動性にあたる特徴でした。

担任の先生・学校カウンセラーの先生と面談

この時の担任の先生は2年生になった時も受け持ちしてもらった先生なのですが、子供ひとりひとりの良いところを見つけてくれ、母親の気持ちも理解してくれる素敵な先生でした。

一度この先生と面談をし、また再度スクールカウンセラーの先生も含め面談しました。(小1から始まった先生との面談ですが、この後卒業するまで頻繁に行われました)

娘の学校での様子は、授業中立って歩いたりすることはない。

が、隣の子に話しかけたり、先生の話を聞くべき時におしゃべりしたり後ろを向いたり、窓の外を眺めていたりすることがあると分かりました。

ただこの時も「まだちょっと落ち着きがないかな〜というだけの可能性がある」とのことで、引き続き様子を見ていく生活が続きます。

2〜3年生:穏やかながらも少しずつ問題が出てくる

今まで他の子供とのトラブルはありませんでしたが、2〜3年生頃からちょこちょこした問題が出てきました。

口での言い合いくらいならそれを注意するだけですが、ほかの家のお子さんに迷惑をかけたりケガをさせてしまうことは、絶対避けなければいけません。それまでも何度も娘に教えてきていましたが、ついに学校から電話がかかってくる日がやってきました。

裏表がなく穏やかな性格

まず娘の性格ですが、感情の起伏がとても穏やかで、怒ったりすることはほとんどありません。気が強い姉に何か言われても見事にスルーします(小6くらいから対抗して言い返すようになりました)。

裏表がなく、相手によって態度を変えたりはしません(おそらくできない)。誰かの悪口を言ったことは一度もなく、発言や行動に計算もなく(できない)それでいて優しく(悪く言うとおせっかい)正直で(嘘をつけない)とても良い性格だと思います。

とにかく明るく陽気、誰にでも話しかける(空気を読まない)外交的な性格です。落ち込んだ姿は未だ一度たりとも見たことがありません。

その一方、これはASDのためでしょう、人との距離感を誤ることがよくありました。

相手が嫌がっているのにしつこくちょっかいを出したり、構ってほしいがために上級生の男の子にふざけてぶつかったり…などです。こういった場合普通であれば相手が嫌がっているか楽しんでいるかの判断がつくものですが、娘の場合“相手にしてほしい“その一心なので、相手がどう思うかまで気が向くことはありません。

上級生を泣かせ学校から電話がくる

3年生のある日、先生から電話がかかってきて、ずっと心配していたことが起きたと知りました。

放課後ふざけて4年生の男の子を転ばせて泣かせたということです。

状況を聞いて娘の心理が手にとるように分かりました。意地悪しようという悪い気持ちではなく、いつもの『構ってほしかった』気持ちからでた行動です。

でも悪気がなかったとしても、相手を転ばせるような絡み方をしたことは危険であると教えなくてはいけません。その後は娘を連れて相手のお宅に謝罪に行きました。

この頃になると、『言ってはいけない失礼なこと』は言わなくなっていましたが、今度は『してはいけないこと、どういうことをしたら人が嫌がるか』を教えなくてはいけませんでした。

最初は『自分がされて嫌なことは他の人にしてはいけない』という教え方をしたのですが、一般的に『人が嫌がること』を娘は『されて嫌だ』とは感じていなかったことから、これを教えるのはとても苦労しました。

娘としてはされて嫌なことはしていない、という気持ちだったので、それを「嫌だと思う人もいるんだよ」と教えるのは、母親として娘がかわいそうに思えたことでもありました。

整理整頓が絶望的に苦手

対人関係以外で困っていたのは、整理整頓ができないことです。これは今後の娘の将来の生活を心配するほど、絶望的に苦手です。

学校から渡された提出物を出さない、こちらが出した物を先生にすぐ渡さないということは今でもよくあります。

ランドセルの中身はグチャグチャ、もちろんしょっちゅう「○○がない!」といつも探し物をしているような状態です。

目の前で私が片付けようとすると嫌がるので、娘が寝た後時々整理したのですが、ランドセルの奥底から鉛筆の削りカスやティッシュ、パンくず、牛乳のストローなど、明らかなゴミがゴゾゴゾ出てきてビックリしたこともあります。

 

「片付けなさい」という指示では一切通じない

そんな娘ですから、私は娘が使って出しっぱなしの文房具や折り紙など、それらを事細かに指示して片付けさせるのに毎日苦労しました。

「毎回使ったら片付けてね」これで済めばいいのですが、返事はするものの見ると一切片付けはされていません。

散らかっている状態がどうしても耐えられない私は、最初は優しく注意しますが、次第に怒るようになります。

 

以前テレビの前一面に広げてあった娘の私物(図左上)を「片付けなさい」と言うと、ノート・ハサミ・折り紙の3つだけがなくなっていました(図右上)。

娘はその3つを持ったまま、あたりをウロウロしています。

 

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 片付けなさいと言ったのにどうして一部しか片付けないのかな?と思い、もう一度「片付けなさいって言ったよね?まだ本とかペンが残ってるよ!」と言うと、なんと娘は持っていたノートと折り紙を手放して元の場所に置き、新たに本とペンを持ち上げました(右下)。

『片付けなさい』は、そこ一面に広がったもの全てを片付けてねということを意味しますが、娘はそれができませんでした。

できないというより正確に言うと、娘の頭の中は

「片付けなきゃ…あーどれからやろう…まずはこれを持って…どこに置けばいいかな(ウロウロ)…えーと…えーと(思考停止)……ハッ!怒られた!!!(パニック)」

という感じです。一度に色々なことを言われると情報を整理できずにパニックになります。

パニックといっても動作として態度に出るわけではないのですが、マンガのように顔があせり出すので、とても分かりやすいものでした。

この表情をみると他の家族は「ほら、テンパった!」と分かるので、あせるキッカケを作った人以外が自然と次女を助けるようになっていきました。

このように片付けの指示もひとつひとつ伝える必要があり、こちらもそれなりの労力を伴い苦労したことのひとつです。

中1の現在は「片付けてね」という言葉で通じるようになりましたが、やはり時々何かしらを忘れたままだったりします。

この頃は毎年「長女の時はこんなことはなかったよなぁ」「来年になったらもう少しシッカリするかな…」「あと一年様子を見てみよう」そんなことを思っていました。

〜小学生4年生までの特徴

ここまで私自身、比較的穏やかな気持ちで娘に接してにきましたが、4年生になった夏頃から次第に怒ってばかりになっていきました。

年相応の行動ができなかったり、会話が噛み合わなかったり、約束を守らない、やるべきことをやらないなど、娘の苦手とする部分が徐々に目立つようになっていったからです。

宿題をすることに何のメリットも感じない娘

それまでなんとか毎日やっていた学校の宿題でしたが、この頃から何度言ってもできなくなりました。目の前に座って見ていたりすればダラダラしながらもできるのですが、私もいつも付いていられる訳ではありません。ノートを広げて宿題をやっているかと思えば、ただ真剣に絵を描いていただけということもありました。

なんとか宿題をさせたい私と、宿題をしないことになんのデメリットも感じていない娘だったので、私はイライラしてばかりだったように思います。

これまでは宿題ができたことをほめ、それが娘の『宿題をするとママにほめられる』というメリットであったのが、成長とともにほめられても「別に〜」となっていった時期です。

食事のたびに食べ方や姿勢を注意する毎日

またこの頃家で頻繁に娘を注意していたのは、食事中の姿勢や食べ方です。

娘はキチッとした体勢を保つのが苦手で、少しするとすぐに力が抜けてグネ〜とだらしない格好になります。

姿勢だけでなく、食事中ひじをつく、左手をテーブルの下に置く、イスにふんぞり返る、いつも口の周りを汚してそれを気にしない…など、何度注意しても一瞬直るだけでまたすぐ元どおり…という繰り返しに疲れていました。

4年生という学年を考えた時あまりに幼く、また年にそぐわない行動が多く、食事のたびに注意し注意されることがお互いストレスになっていた時期です。

番号に色がついていると言う娘

4年生の時娘がふと「ママ、8って何色?」と私に聞いてきたことがありました。

ん?番号に色…なんだそれは?と思いどういう意味か聞くと、娘は数字の全てに色がついていると言いました。

娘にとっては今までずっとそうだったらしいのですが、私はこの時初めてそれを聞き、そんなことがあるのかと驚きました。

娘の中では1は○色、2は◯色、と決まっているので、何かの数字を見たときに自分の中で決まっている数字の色とは異なる配色だと違和感を感じるということでした。

また今も続いていることですが、娘が偶数が好きです。クラスも出席番号も偶数だとうれしいようです。

お菓子を3つ出したら「偶数がいいから4つにして」(2つにするという選択肢はない)など、そこまで強いこだわりではないのですが、偶数の方がスッキリしっくりくるようです。

帰宅時間の約束を守らず遊ぶ

これまで道草しながらそこまで遅くなることはなく帰ってきていた娘ですが、4年生の頃から遅くまで帰宅しないことが増えていきました。

こんな世の中だし不注意な娘のことなので、もうこれは事故に遭ったか事件に巻き込まれた…と思ったことも数回あります。

上の娘に次女が帰ってきたら私に電話をするよう伝え、次女の帰宅が遅れるたびに探しに出かけました。

その時は怒り心頭で、今度という今度はもう許さん!!という気持ちなのですが、どこを探しても見つからずもう警察に電話しようか…という時にケロっとした顔で帰ってきた次女を見ると、ただ無事であったことにホッとして、どれだけ心配したか、遅くなったらどんな危険があるのか、ママが悲しい思いをするから○時までには絶対に帰ってきてほしい、と何度も何度も同じことを伝え続けました。

娘としては帰らなくてはいけないことは分かっているけど、友達と遊ぶことが楽しくて、まあいいか。と優先順位を守らなかった結果です。

この時期最初はキッズ携帯を持たせていたのですが、学校が終わって帰宅せずランドセルのままどこかに行ってしまうので、どうにかGPSを身につける方法を探したりしました。

主語が抜けていて何の話なのかさっぱり分からない

4年生の冬、何かと先生からの電話が多くなってきました。トラブルではなく、◯◯が出されていない。◯日まで提出する絵がまだできていない。全て『何かができていない』というものでした。

私はこの頃になると、もう娘に診断名をつけてほしいなと思ってきた時期でもあります。

あまりに娘は年齢に合わない行動が多く、また突然なんの話か分からないような発言をし、宇宙人と話ているのではないかと感じることもよくありました。ただ親も宇宙人に慣れていくので、他の人には通じないことが通じてしまうこともあります。

 

ある時娘たちを乗せて車で走っている時次女が「お姉ちゃんてさ〜」と口にしました。

次女は姉である長女を名前で呼ぶので「お姉ちゃん」は自分の姉のことではありません。

普通の人なら何の話か分からないでしょう。でも私はこの時分かってしまいました。

正解は次女がその頃よく観ていた『ちびまるこちゃんのお姉ちゃん』です。

私には分かってしまいましたが、これで通じてしまうと、これが間違った言い方だと次女は気がつかないままです。

そこで私が「お姉ちゃんだけじゃ分からないよ。何のお姉ちゃんとか誰のお姉ちゃんと言わないと」と言うと、あ!そうかと気づき言い直すという感じです。

このように自分の頭に浮かんだことをすぐ口にするので、主語が抜けることがたびたびありました。

発達障害の相談センター受診を決める

これまでの娘の行動や周りと比べて劣ると感じる部分について、これは発達障害なのかそれとも成長の遅れなのかを話すとき、祖母は「いや、こんなもんだよ。べつに病気とかじゃないのに気にしすぎだ」と言い、夫は「何度言っても分からない直らないのはちょっとおかしいんじゃないか?それとも教え方が悪いのか?」という言い方をしました。

学校からの “○○ができていない電話“ も頻繁になっていき、このままでは娘が『ダメな子』と言われているようで、いっそ「発達障害ですよ」と言われれば、脳の病気なんだから苦手なことがあるのは仕方ないよね、どうしたらいいか一緒に覚えていこうね、となり娘にとっても幸せなのではと思ってきていました。

しょっちゅう叱られてばかりで、これが発達障害だったら、娘にとっては理解できないことで叱られ続けていることになり、そうだとしたらとてもかわいそうだと感じました。

むしろこの娘の状態で、もし「なんの異常もありません、正常です」と言われてしまったら、今後どのように日常の常識を教えていったらいいのかと頭を抱えたくなるほどでした。

 

そのことから私は娘が4年生の1月、学校を通して発達障害相談センターへの受診をお願いすることにしました。

相談センターは常に予約がいっぱいで、初めての予約日は5年生に上がった5月に決まりました。

(中編終わり 後編へ続く) 

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